先日、京都の町屋を活かしたすまいの雑貨店「sumaoすまお」さんにて「家事セラピストの子育てお話会」を開催させていただきました。

実は今は亡き父方の祖父母の家があったのもこの近くで、玄関から裏の庭までの細長い家の造りもとても似ているので、お伺いするたびに懐かしくなります。




・子育てにゴールはある?

・家事で育つ子どもの力

・中高生の子どもとのかかわり方

・気になる教育費、まず始めにするべきこと


などなど、講師だけがお話するのではなく、参加者さまからもいろんな気づきをいただける楽しい会となりました。





我が家では今年の春に娘は大学生に、息子は高2に。子育てもほぼ終盤となり、これまでを振り返っていろんなお話をさせていただきました。でも、子どもが小さい頃は私も余裕などなく、失敗の連続でした。

それでも、子育てを通していろんなことを考え、自分自身が成長できたことをありがたく思います。


今、子育て真っ最中のママにいろんなエールを送れれば、と思っています。


「家事セラピストの子育てお話会」、次回は大阪・吹田市ラコルタにて開催します☆


日 時:2018 年6 月29 日(火)10:00〜11:30

場 所:ラコルタ(吹田市立市民公益活動センター) ※阪急千里線「南千里」駅すぐ

   〒565-0862 吹田市津雲台1−2−1 千里ニュータウンプラザ6階

講 師:家事塾認定1級家事セラピスト 宮田美穂 遠藤律子

受講料:2,000 円

持ち物:筆記用具

お申込:kurashi_kataduke@kuf.biglobe.ne.jp まで「お名前」「ご連絡先」をメールにてお知らせください。

先日、絵本作家の加古里子さんが亡くなった。
彼の絵本には我が家でも随分お世話になった。10年前に日記代わりに書いていたブログにかこさんのことを書いていました。懐かしくて、その一部をこちらに再掲します。

(以下、再掲)

「からすのパンやさん」「だるまちゃんとてんぐちゃん」「はははのはなし」など数々の名作を生んだ加古里子さんが実は東大工学部出身で昭和電工のモーレツ開発部長だったという話を新聞で読んだ。
部下と飲んだり急なゴルフの誘いに応じながらも、実は休日や夜も返上して絵本の創作活動をしていたらしい。父親の影響で理系に進んだものの、文学や絵も好きだったのだそうだ。まったく、天は二物も三物も与え給うのだなあ…と言うしかない。



やりたいことがありすぎて、56歳の定年後では遅いと思い至った氏は、47歳で重役を目前にして脱サラ、作家に専念した。そして現在、82歳にしてバリバリの現役。「さとこ」とも読み間違えられそうなペンネーム「里子(さとし)」は、中村草田男を師とする俳号だという、ちょっとしたトリビア的話題も。





彼の作品にはその経歴からナルホドと思える科学ネタの絵本も多い。
中でも秀逸なのが「かわ」。実はこれ、うちの夫の子どもの頃のお気に入りで、実家に大事に残してあったものが今はうちの本棚に収まっている。Amazonで画像ナシのこの本、それもそのはず1966年発刊だそう。





山につもった雪が溶けて流れて小さな谷川をつくり、山を抜け、田園地帯や工業地帯のまんなかを流れていく様子が見事に描かれています。川幅がどんどん広くなり、流れはゆるやかに。
周りにある建物や風景も実に丹念に描かれていて、子どもたちに読んであげるときはそれらの絵にいちいち寄り道して詳細に眺めるので、一ページに数行しかない的確な説明文も時間稼ぎをするようにゆっくり読んで、ページを繰るまでにも間をたっぷり取ってあげることにしています。

最後にとうとう海にそそぎ出る一面真っ青な画面は圧巻。単なる科学の本ではなく、「まず面白く。教科書じゃないんだから。」という氏の言葉に納得の、爽快なエンディングです。

今日は娘の17回目の誕生日。
朝、娘が起きてくる前に、ささやかなプレゼントを朝食のテーブルに。





この一年間の娘のスナップショットを集めて作ったフォトブック。

すぐに気づいた娘。
「ママ、JK並みのサプライズやーん♡」と喜んでくれました。
(注:JKとは女子高生を意味する女子高生語です、笑)

今回、フォトブックを作ろうと思い立って分かったことが、
娘の写真が意外に少ない。。。ということでした。
いつも家族一緒にお出かけしていた時代と違い、
高校生にもなると友人と過ごす時間の方が圧倒的に増え、
その時に撮っている写真は私の手元にありません。

そこで、少し前から、さりげなく娘に友達と撮った写真ちょうだい!と伝えていました。
仲良しさんとの楽しそうなお出かけの写真や、部活仲間との写真などを
ピックアップして、今年一年を振り返るようなアルバムにしました。

写真整理の講座でもお伝えしていますが、
写真は撮って終わりではなく、後から見て楽しむもの。
いつでも手に取って眺められるフォトブックは、そういう意味でオススメです。

ただし・・・
フォトブックのサービスも本当にたくさんあるんですよね。
どれを選べばいいの???とお悩みの方も多いと思います。

講座では自分に合うサービスを選ぶポイントなどもお伝えしています☆

ちなみに私が選んだのは・・・
作成の操作がシンプルで、リーズナブルなもの。
各ページに写真の説明文を入れることもできるのですが、
敢えて、写真だけを配置して作成終了。
ここで欲張ると時間がかかってしまい、途中で投げ出したりしかねないからです。

写真を選んだ時点で、娘へのメッセージは伝わったものと割り切って
選別に心を込めました(笑)。

思いのほか喜んでくれたので、来年もやろうかと思っています☆


11月15日(金)開催☆今日から始めたくなる!写真の整理講座
おかげさまで満席となりましたが、
会場に余裕があるので、増席も可能です。
ご興味のある方は是非、ご連絡くださいね☆
講座の詳細はコチラ

ありがたいことに、他府県での開催もリクエストをいただいています。
出来る限りお応えしていきたいと思っておりますので、
お問い合わせは下記メールアドレスまでお気軽にどうぞ☆
miyatamiho★kajitherapist.com
メールの際は、★印を@にしてくださいね。

今日は高2娘の三者懇談でした。





娘の担任の先生は、30代後半(だと思う。昔から、他人の年齢がよく分かりません。自分が歳をとってくると、一層分かりません、汗)の国語担当の男性。

先生を初めて見た時の私の印象は、「なんだか頼りなさげ」の一言でした。

す、すみません。

一年の時の担任は同じく30代後半(これも私の見積もりだから、あやしいけれど)の女性で、数学の先生でした。
ハキハキとした語り口、話しの内容も分かりやすく好感度高い!が第一印象。

正直言って、すごい落差です。

でも、昨年、娘はクラスメートとのトラブルが絶えない一年でした。クラスが楽しくなかった、クラブの友達がいたから学校に通い続けることが出来た、と一年生の終わりにポツリと言いました。

打って変わって、今年は、毎日クラスメートの話をします。昨年は一度も無かった、行事ごとの打ち上げにも楽しみに出かけていきます。

これは、もしかすると、担任の先生のすっごい手腕によるものではないのかしらん?と日ごろ思っていたので、今日の懇談は別の意味で楽しみに出かけて行きました。

で、懇談。

まず、一学期の成績表を見せられて、「この成績はご覧になってますよね?」と聞かれ、返答に困るワタクシ。

見たかどうか覚えていないので(いや、夏休みに入ってまだ間もないので、思い出せないというレベルの話じゃないはず。つまりは見てないんですね。でも、そうとは言いづらい。)、娘の顔を見る。

娘もしどろもどろ口調で「うーんと見せたような気がする。」
本人は、親に成績を隠したいと思っているわけではなく、単純に忘れています。
「もーそんな細かいことまで報告してくれなくていいから。」と思わず言うくらい、帰宅後は機関銃のように学校でのことを報告してきますので、成績表は優先順位が低かったのでしょう(笑)。

この成績表がね・・・。鳴かず飛ばずで。
おかしいな、私も夫も高校時代、成績良かった方なんだけれど。遺伝子は複雑です(笑)。

懇談終わってからの娘の感想。

「先生も私みたいに成績悪い生徒との懇談では勉強しなさい以外に言うこと無いよね。」

あはは、だよねー。と言いつつ時計を見たら、50分も経っていた!一人あたりの持ち時間は25分なのに。

娘が部活で疲れてついつい寝てしまうから勉強出来ない、と話すと、「どのくらい寝るの?」
スマホの話になると、「何時間くらいスマホ見てるの?」と、ほんわか口調で質問をする先生。
先生に答えているのか、独り言を言っているのか判定不明なほどつらつらと話す娘。

二人のやり取りを聞いていると、先生と生徒と言うより、友達同士の会話みたいで、隣で聞いている私はひたすら見守り態勢に(笑)。
そんな具合で、あっという間の50分。コーヒーでもあれば、「ここはスタバ?」と勘違いするようなリラックスムード。

昨年の担任は、生徒が何かを言う前に「目標」とか「正解」を提示して、みんなをそこへ向かわせようとする人だったと言う娘。
でも、この先生は、ひたすら生徒の調子に合わせているだけに見えました。あ、あの良い意味で、ですよ。
先生に促されるまま、内省し、今後の自分について、自分なりの結論にたどり着く娘を横でつぶさに見ていた私。
もしや、よく聞く「コーチング」って、こういうことを言うのか???と感慨深かったです。

娘によると、三者懇談に先立って、二者懇談もしていたらしいが、その時もすごく長かったそう。。。

「先生も私とはしゃべりやすいんだと思う。いつもヘラヘラしているから。」

上から目線なのか、自虐的なのか分からない娘のコメントに、次回から懇談は出来れば私抜きでやってください、と思った次第です(あ、これも良い意味で)。



クリスマスの朝、いつもは起こしてもなかなか起きない子が、この日ばかりは飛び起きて、ツリーに向かってダッシュ。サンタが届けてくれたプレゼントを開ける、その表情を見るのは何とも言えぬ至福の時ですね。

ところで、このサンタさんからのプレゼント、子どもたちはいつ頃まで信じてくれるのでしょうか?よそのお宅ではどのように準備しているのだろう?うちの子がまだ幼稚園児だった頃、疑問に思った私の日記が残っていたので抜粋。

以下、2005年の日記より。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幼稚園ママたちにプレゼントはどうしているかインタビューした結果、バリエーションに富んだお答えが。

1、やはり、オーソドックスに事前に欲しいモノをリサーチして、当日サンタさんが持ってきてくれる、ということにしている人。このリサーチの仕方にもいろいろあって、ぶらさげた靴下に欲しいものを紙に書いて入れさせておく方法。オモチャ屋さんへ事前に行って、一緒に選んで、コレをサンタさんにお願いしようね、と促すかなり現実的な方法。普段の会話からそれとなくリサーチする方法。

2、絵本のみと決めている人(この人はクリスマスだけでなく、お誕生日のプレゼントも絵本だと言ってた)。

3、おもちゃはやめて実用品と決めている人。例えば、今年なら娘は入学をひかえているので、文房具や袋ものなどいずれそろえなくてはいけないものをプレゼントにしてしまうやり方。

4、こどもがおねだりしているものを敢えて外す、という人。これにはいつもサンタさんがドンピシャリのものを持って来ない、という状況を作って逆にその存在にリアリティを出そうという狙いがあるのだとか。ナルホド考えますねえ。

12月に入ると、オモチャ売り場はこどもよりもむしろ大人でごった返していた。そう言えば、混雑を避けて11月中に用意した、というママもいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うちは娘が10月生まれ、息子は12月生まれなので、誕生日プレゼントもオモチャだと、一時期にオモチャが重なるし、ありがたみがないなあ、と当時思っていました。それは、とどのつまり、オモチャの与え方、金銭教育、といった問題に行き着くわけで、そのあたりの指針がまだ自分の中で確立していないことに悩んでいたんだと思います。

それから何年かして・・・娘が10歳になった年に、私はクリスマスプレゼントをやめました。8つ、9つというように「つ」を付けて数えられる歳までしかサンタさんは来ない、ということにしたのです。娘はその信憑性を学校の友達と話し合って来たらしく、「ママ、信じている限り、何歳になってもサンタさんは来る、って友達が言ってたよ!」と満足げに切り返してきたりもしたのですが、「あら、ママは信じてるけど、サンタさん来たことないよ。」とやり返しておりました(笑)。
いずれにせよ、彼女は特に欲しいものも思い付かないらしく、親としても無理やり何かをプレゼントとして用意することに窮屈さを感じていたので、そろそろ潮時と思っていたのです。

で、当日の朝。2つ年下の弟には例年通りサンタからプレゼントが届いていましたが、娘にはやはり無し。でも、あらかじめ「サンタさんから来ていなかったら、パパとママが代わりに買ってあげるね」と言っていたので特にショックも受けなかったようです。もちろん、2年後には弟にもサンタは来なくなりました。

お家によっていろんな考え方もあるでしょうが、我が家はあの時スパッと打ち切りにしたことで、却って子どもたちのなかにサンタさんの思い出が鮮明に残ったようです。

そのせいかどうかは知りませんが・・・

昨日、高1娘が帰宅するなり「サンタってママやったん?私、今まで完全に信じてて、学校でみんなに馬鹿にされた〜!」と言うので、こっちの方がビックリしてしまいました(笑)。



子どもたちが小さい頃、毎週のように図書館で絵本を借りていました。
その頃の私は、部屋をきちんと整えたくて躍起になって片づけをしていたので、
子どもたちが読み散らかした絵本も本棚に整然と収めなければ気が済みませんでした。

そのうち、あることに気付きました。

わが子たち、床に散らばった絵本は何度でも眺めるのに、本棚に収めた本は二度と開けようとしないのです。

あれ?
私、なんのために、絵本を置いているんだっけ?
なんのために、必死で片づけているんだっけ?

そんなギモンがむくむくと頭をもたげてきました。

子どもたちにたっぷりと絵本に親しんでほしい、というのが私の最優先事項だったはず。
それなら、絵本は床に置いておくことにしよう。
いちいち本棚に整然と並べなくていい。
床に散らばっているのを、ちょっと寄せておくだけで良し、としよう。
そう考えれば、出しっぱなしで片づけない子どもにイライラもしない。

私自身の気持ちがぐんと楽になり、子どもたちは絵本が一層好きになりました。


それから月日は流れ・・・

現在、娘は高校生、息子は中学生となり、さすがに絵本は卒業しました。
今は、「この本読んでみたら?」とか「これ、面白いよ」と言っても「ふーん」と言ったきり、手にも取ってくれません。

そんな時は・・・


トイレに置くことにしています(笑)

トイレに座っている何分かの間に暇つぶしにパラリとページをめくると、つい内容に引き込まれるらしく、結局全部読んじゃった、とよく言っています(笑)。

読書は心を豊かにするタネ。
以前は床にばらまいておいたタネ、今はトイレのカウンターの端っこにそっと立てかけている私です☆

夏休みに入る直前に息子の中学で恒例の三者懇談がありました。
以前からずっと思っていたのですが、これって意味あるの?
当の本人がいるところでは、先生も親もぶっちゃけ話は出来ないし、二者懇談(先生と親のみ)の方がよっぽど内容的に深い話が出来るのでは?というのが本音です。当たり障りのない会話を終えて教室を後にするとき、毎回なんだかな〜という気持ちでいっぱいでした。

でも、折角行くのだから・・・と、今回考え直すことにしました。

本人が横で聞いていることを逆手にとって、「先生に話しているフリをして、実は本人に言いたいことを伝える」という作戦に出ることにしたのです☆

例えば、
我が家の息子、普段全く勉強しようとする様子がないのですが、「勉強しなさい」と親が言う時期はもう過ぎたと思い、自主的にやるのをまだかまだかと待っている状態です。

でも、本人は「怒られないし、ま、いいか」くらいの気持ちなのか、一向にやる気配がありません。そこで、三者懇談の時に「もう中2なので、親に言われて勉強するというのはおかしいと思うんです。なので、本人が自分からやるのを待っているんです。」と、さも先生に言っているかのように言う。

最近さぼり気味なのでは?と思っている家のお手伝いについても、先生に向かって「息子は家のことをいろいろお手伝いしてくれるんです。小学校の頃からずっとゴミ出しはしていますし、部活で着ているものも全部自分で洗っています」と言うと、先生も「それは素晴らしいですね。満点ですね。」とか言ってくださる。

そういうのをじーーーっと横で聞かされる息子。
これ、直接「勉強しなさい」とか「お手伝いしなさい」なんて言うより、絶対耳に残るはず(笑)。

で、効果てきめんでした。

夏休みに入って私は毎日のように予定があり、終日外出していますが、息子は山のようにモノが散乱していた机の上をきれいに整理整頓し、掃除機をかけ、夏休みの宿題をいつどのくらいやるかの予定表を自分で作成。塾の夏期講習にも行っています。ゴミも集めて出してくれていたし、お風呂も毎日掃除してくれています。

私は「ありがとう」とか「すごいね」と言うだけでいい。ストレス皆無。あなたがちゃんとやってくれるのを待っているよ。期待しているよ。と嫌味じゃない方法で伝えるだけでいいのですね。

三者懇談の活用法がようやく分かりました☆



小学生の頃の息子。料理の面白さに目覚めた頃。

明日はお雛祭りですね☆




我が家のお飾りは狭いマンションに合わせて三段飾り。今は夫婦雛だけのコンパクトなものもバリエーション豊富ですが、私自身が実家の七段飾りが大好きだった記憶が鮮明にあり、たとえ数は減っても段飾りにこだわって、娘の初節句の時に用意したのでした。

子どもが小さいうちは毎年ゆったりと飾っていましたが、成長につれ、モノが増え、それぞれが個室を欲しいと言い出したり、で、いよいよ飾るスペースの工面が難しくなってきました。
こんな時、もう少し家が広ければなあ、、、と思いがちですが、家族のモノが膨らむのもあと何年か。子どもが独立すれば、またゆったりと飾る時期も来るのだろう、と考え直すことにしています。

そして、今年は苦肉の策でダイニングのチェストの上にお内裏様とお雛様だけを出すことにしました。三人官女さんたち、ごめんなさいっアセアセ

でも、飾ってみて分かったのですが、和室など別の部屋に飾っていた時と違い、家族の揃うダイニングテーブルからすぐ目に入るので、これはこれで、なかなか良いものです。(私ったら、なんてポジティブシンキング、笑)

で、このお雛飾りを一番楽しんでいるのが、なんと中1息子。飾りつけの時も娘は全然他人事(受験真っ最中なのもあり、自分のことで頭がいっぱい)なのにも拘らず、息子はホイホイやって来て、手伝ってくれる。飾ってからも、毎日のように間近で眺めているのは息子。夕暮れ時には忘れずに雪洞の灯も点けて。面白いもんだなあ、と見ています。

わが家では、ゴミ出しは小学校の頃から息子の仕事です。朝、学校に行くついでにマンションのゴミ集積所に持って行ってくれます。
中学生になっても、変わることなく週2回、彼はゴミ袋を持って玄関を出ます。変わったのは、小学生の頃は8時ごろ出れば良かったのが、今は部活の朝練があるので、6時45分に出て行くこと。
息子は何も言わないので知らなかったのですが、8時には解放されているゴミ集積所の扉は、6時45分だと施錠されていると言うことを最近知りました。良く考えれば、その時間はまだ管理人さんが出勤してこられてませんからね。

と言うことは、息子は重いリュックを一度肩から下ろし、リュックのポケットに入っている家の鍵を出して集積所のドアのカギを開け、ごみを捨ててから鍵を閉まって朝練に向かっているということになります。

面倒くさーーーーっ!

これ、私だったら、絶対やりたくないなあ(笑)。 だって、中学生の荷物って恐ろしいほど重いんです。毎朝、こんな重いリュック背負って行ったら、身長伸びないのでは?と心配になるくらい重いです。プラス、お弁当と練習後に着替える制服類が入った手提げも持っています。

一瞬、可哀想になって、朝練がある日は免除してあげようかなあ、と考えたのですが・・・。いやいや、とすぐに思い直しました。今、彼は「習慣」という素晴らしい力のおかげで、私からすると面倒くさい仕事を当たり前のこと、としてやり続けています。この「習慣」がひとたび途絶えたら・・・それは、もう集積所の扉が施錠されていようがなかろうが、「面倒」な仕事に変わってしまうでしょう。
現に、息子がこの仕事の当番になるまでやってくれていた夫は、たまにゴミ出しを頼むことがあると、以前は平気だったのに、今では面倒くさそうにしたり、できれば逃れようとします。くもり
「習慣」というものは、こんなにも物事を左右するんですねえ。ここはやはり、見なかったことにして、息子にはずっとゴミを出してもらおうと思います(笑)。




お正月の写真。 めったにない積雪にはしゃぐ、まだまだ幼い息子です。

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