私が初めてボランティア活動に参加したのは高校生の時でした。
当時、学校の陸上部に所属していて、障害者の陸上競技大会の運営をお手伝いする機会があったのです。高校生なんてまだまだ人に何かをしてもらうことの方が多い年代、自分のしたことで人に喜んでもらえることがとてつもなく嬉しかったのを覚えています。

その後はお恥ずかしながら、特にボランティア経験のないままに過ごしていましたが、子どもたちの幼稚園で絵本の読み聞かせをしたり、遠足の引率をしたり、小学校と中学校では清掃や図書整理、PTA役員をしました。今思えば、あれもボランティア活動だったなあと思います。

現在は縁あって吹田市立市民公益活動センター「ラコルタ」が主催する「eNカレッジすいた」でボランティアについて学ばせていただいています。
その一環として、今日はドナルド・マクドナルド・ハウスに清掃のボランティアに行って来ました。
ここは、病気の子どもとその付き添い家族が格安で宿泊できる施設で、国立循環器病センターの前にあります。詳しくはこちら
企業や個人の寄付とボランティアによって運営が成り立っています。清掃、手芸、など地域の方が協力し、必要なものも寄付で賄われています。夜間の宿直などもボランティアの方がなさっていると聞いてビックリしました。今日は毎週清掃に来ているという女性について、客室のベッドメイキングやダイニングルーム、洗濯室、玄関などの掃除を体験させていただきました。
誇りを持ってお仕事をされているのには感銘を受けました。

自分に余力がある時、そのエネルギーやお金や労力、時間などを困っている人に差し出す、ということが普通に出来るといいですよね。


ボランティア・・・大げさなものではなく、他人事でもなく、日々の暮らしの一部として誰もが当たり前に参加できるものになるといいなと思います。



「講師として人前に立つための心構えとスキル」というセミナーを受講する機会がありました。実践的でとても興味深い内容のなかで、特に印象深かったのが「受講者に分かりやすい講座にするためには話を分けることが大事」というお話し。

長々と話を続けずに、コンパクトに区切る。箇条書きするように要点を絞る。などなど・・・

「分ける」ことが「分かる」ことにつながるのだと言うお話を聞いていると、片づけと同じだなあ、と。

暮らしは沢山のモノや情報で溢れがちです。
それらを自分なりの基準で「分ける」ことが片づけの第一歩であり、王道だと思います。

偶然ですが、そのセミナーでたまたま隣の席に座った方と雑談中「家がなかなか片づかないんです。どうしたらいいですか?」と相談されたので、「まずは分けてみたらどうですか?」とお話ししたばかりでした。

その方は子どものおもちゃが多すぎて・・・でも、どれも捨てられない、とお悩みでした。
どこから手を付けて良いか分からない時は、とりあえず、目の前のものを分けてみることから始めてみると良いかもしれません。

その時にママが勝手に分けるのではなく、是非お子さんの意見も聞いてみてくださいね、ともお伝えしました。
お子さんは、ママとは全然違う観点から「分ける」かもしれません。

「分ける」ことで、お子さんが本当に気に入っているおもちゃが「分かる」と、その後の片づけも意外とすんなり行くのではないでしょうか?

「分ける」は「分かる」・・・私も暮らしの標語として大切にしたいです☆



先日、会社員時代からの友人たちと久しぶりに集まった時に、「おしゃれは誰のためにするか?」という話題になりました。

ある人は「絶対に女友達の視線を意識するから。同性から格好いいとか素敵と思われたい気持ちがおしゃれへのモチベーションを上げてくれる」と言い、別の人は「断然、自分のため」と答えました。
一方で、「異性を意識したおしゃれ」をする人もいるよね、という話も出ました。よく雑誌のタイトルに泳いでいる「モテ顔」とか「モテ服」と言ったワードは、やはり男性に好感をもってもらうことにおしゃれの第一義がある、という価値観ですよね。そこに徹するのも、ひとつのポリシーとしてアリだと思います。

どういう価値観にせよ、自分なりの軸、というものがあれば、そんなに苦しくはないと思います。でも、もし、それが見つけられなくなったり、ブレが出たりしたら・・・。

クローゼットに洋服はたくさん並んでいるのに、着るものが無い・・・と毎朝悩んでしまうのは、そのせいかもしれません。


最近、読んだ光野桃氏の「おしゃれの幸福論」という本にも、自分に似合う服が分からなくなって苦しくなる女性たちのことが書かれていました。

40代〜50代にさしかかると、顔つきや体型の変化から似合うファッションが分からなくなったり、社会的な立場や人からの評価を気にするあまり、本当に似合うファッションや自分の気持ちが高揚するファッションを身につけなくなっている、という事例などが書かれていて、ナルホド〜と思うことばかりでした。


私もまさしくその年代。若い頃のようなファッションはもう身につけることは出来ない、というのもよく理解していますが、その一方で、この先は、社会的な体裁やトレンドとかをいっさい気にせず、自由な着こなしを楽しみたい、という境地でもあります。

そんな今の私の気分にピッタリな講座がコチラ↓

「クローゼットの片づけ」講座

講師は家事塾・大阪のおしゃれ番長(←私が勝手に命名。でも、反論のある人はいないはず!)遠藤律子さんです。

クローゼットを片づけて、毎日のおしゃれが楽しくなる春を迎えませんか?



何事も三日坊主に終わりがちな私ですが、
ここ何年かずっとゆるやかに続いている習慣がいくつかあります。



例えば、朝起きてまず「白湯」を飲むこと。
飲んだ時に甘く感じられたら、体調が良いしるし、とどこかで読んで以来、続いています。

昨年、ラグビーの五郎丸選手がキック前にやる独特のポーズが流行しましたが、そのおかげで「ルーティン」という言葉がクローズアップされた気がします。スポーツ選手などが、どんなに緊張する場面でもいつもと同じ動作をすることで、精神的な安定を保ち、好成績を出す「ルーティン」。イチロー選手がバッターボックスに入る時の一連の動作も有名ですよね。

ルーティンと言うと「ルーティンワーク=創造性のない、決まりきった仕事」「毎日繰り返しやらねばならない雑事」などのイメージがあり、これまではどちらかと言うとネガティブな言葉として使われて来た印象があるのですが、今や、一流スポーツ選手を支える成功の秘訣、というポジティブなイメージに☆

私自身も歳を重ね、若い頃には気づかなかった「ルーティン」の大切さを痛感するようになりました。日々の暮らしの質も「ルーティン」によってこそ、着実に担保されているのだと思います。

さて、私の朝のルーティンは「白湯」以外にもう一つあって、クイックルワイパーを手にリビングと玄関までのフローリング部分をスイーっと一周します。
夜寝ている間に降り積もったホコリを家族が起きて来る前にひと拭きすることで、もう一度舞い上がらせずに済み、あとの掃除もぐっとラクになります。(これをやっておくと、掃除機も二日に一度で十分!)狭い我が家、一周してもほんの数分のこと。毎朝何となくやっているうちに、身体が勝手に動くように。
自分のなかでは、これは家事とさえ呼べないほど当たり前のこととして、朝の一連の流れのなかに組み込まれています。

この後は、子どもたちのお弁当と家族全員の朝食を作って、送りだし・・・と目まぐるしい時間に突入していくのですが、だからこそ、静かな一人時間に行うこの「ルーティン」をこれからも大切にしていきたいと思っています。



私の実家(京都です)では、年越し蕎麦と言えばいつも「にしん蕎麦」だったので、それが普通だとばかり思っていたのですが、他の地域では一般的ではないということを最近知りました。

京都のにしん蕎麦で有名なのは、南座そばの「松葉」というお店ですが、明治時代に、このお店の二代目が発案したのが始まりだとか。今ではどこのお蕎麦屋さんのメニューにも載っていますし、大阪のお蕎麦屋さんにもあります。

先日、京都での用事を済ませ、お昼はお蕎麦屋さんに入りました。にしん蕎麦を注文したのですが、お店の人が厨房にオーダーを通す時に「しままつ」と言ったのです。「ん?しままつ?」と疑問に思った私の代わりに別の常連らしきお客さんが聞いてくれました。「なんで、しままつって言うの?」
するとベテランらしきその女性、「諸説あるらしいけど、にしんを沈めて上に蕎麦を掛けるやろ?あれが縞模様みたいに見えるってことと、にしんを松に見立てているからよ。」

なるほど〜。「しままつ」は「縞松」なのね。
長年、京都に住んで、にしん蕎麦を食べてきましたが、初耳でした。

そのベテランの女性、こんな風に話を続けます。
「鴨なんばんとか、鶏なんばんと呼ぶのは、昔はネギと言えば大阪の難波産やったからやで。」

そ、そうだったのねー(驚)。
これまた知らずに今まで食していた私です。





そうこうするうちに運ばれてきたにしん蕎麦。大きな身搔きにしんが蕎麦の下に沈んでいます。甘辛く炊いてあって、とっても柔らかい。一方、おだしは薄味で優しい京風味。絶妙な取り合わせです。京都に来たら是非お試しを☆





月曜の午前、家族がみんな出払って、家事も一区切りついた頃、決まって我が家の電話が鳴ります。出る前から相手は分かっています。母です。

70歳を過ぎて、私の母は英会話を習い始めました。
始めると聞いたときは「ふうーーん」と、他人事に思っていた私ですが・・・。
毎週のようにかかってくる電話に付き合わされることに(苦笑)。

授業のはじめに、先週あったことを簡単に英語で話す、というミッションがあるらしいのですが、そのための原稿を添削してくれ、というのです。
これが、すこぶる大変!






まず、書いた英文をメールなどで送ってくるのではなく、電話口で読み上げられます。
母だって高校までは英語の授業を受けていたわけだし、習いに行こうというくらいだから、少しは出来るのだろう、と思っていましたが、蓋を開けてみたら、文法は無茶苦茶、発音も何を言っているのか分かりません。
一文一文、やり取りをしているとあっという間に午前の時間が飛んでいきます。
これには流石に閉口しました。正直、月曜の午前に電話が鳴ると恐怖すら覚えるほど(笑)。

それに加えて、人間は年をとるとわがままになるようで、こちらが良かれと思って、修正をしてあげているのに、「一所懸命に書いたものを全部間違っていると言われると、折角のやる気が無くなっていく!」と文句を言われたことも!

私の英語が合っているとも限らないし、お金を出して習いに行っているのだから、その先生に聞けばいいじゃない!とも思いますが、70歳を過ぎた人が毎週チャレンジをしているのだから、娘としては応援し続けたいと思います。

そんな電話を続けているうちに、3年ほどが経ちました。
相変わらず添削を続けているのですが、最近では母の書いた作文がそれなりに理解可能な体裁になってきました。
続けるということは、やはり素晴らしいですね。そして、何歳になっても新しいことを始められるんだ、という勇気を母からもらいました。

先日は初めてスポーツクラブのエアロビ教室に行って来た、という母。「振り付けが全然覚えられないの!もう、めちゃくちゃで、自分でも可笑しくて笑えそうなんだけど、知らない人ばかりだし、別に恥かいてもいいかと思って」と電話口で明るく話す母に脱帽です。

昨日は咲麗先生の「できる女子のブログ講座」に参加してきました。
一足先に受講した友人が、すっごく良かったから、と近所のカフェで受けられるようお膳立てしてくれたのです!ホント、感謝しています☆
美味しいランチをいただいて、すっかり和んでから講座スタート。





咲麗先生の講座は弾丸トーク!読まれるブログのためのヒントをこれでもか、とお話しされます。
盛りだくさんのお話を聞いていて、ふと我が娘(高1)とのやり取りを思い出しました。

娘は毎日、学校でのことや友人のことをあれこれと話してくれます。
私、いつもひたすら聞いているんですけどね。先日、「ママって、私の話を全然聞いてくれない!」と半ばキレ気味に言われたのです。
これには参りました。

ええーーーーっ!毎日、こんなに一所懸命耳を傾けているのに!

そう言いたくなるのを抑えて、ちょっと考えてみました。

ああ、そうか。私、娘が欲しい言葉を返していないのだな、と。

娘はただ話を聞いてもらうだけでなく、私からかけて欲しい言葉がきっとあるのでしょう。
そこに応えられていないから、いくら耳を傾けても、娘には話を聞いてもらった満足感がない!

ブログも同じことなんですよね。
私が何かを伝えようと思ってあれこれ言葉を紡いでも、読む人が受け取りたいメッセージでなかったら伝わっていかない。

親子関係もブログもコミュニケーション。まずは相手を想うことが大切ですね☆

シルバーウィーク、大阪では快晴が続いています。
連休中も部活で毎日学校に行く高1娘。昨日は唯一のオフだったのですが、「ばあばに会いたい!」と言うので、私の実家に二人で行って来ました。実家に行くと、いつもはみんなで食べて飲んでと家でゆっくりすることが多いのですが、今回は母と娘に付き合ってもらって、近くの大山崎山荘美術館へ行くことに。




ここは、大正から昭和の初期にかけて関西の実業家が建築した別荘を復元した美術館で、所蔵作品も魅力的なのですが、何と言っても山荘の建物自体が一見の価値ある素敵な場所なのです。残念ながら、建物の内部は撮影禁止なのですが、太くて立派な柱や梁、採光の影響を考慮した窓ガラスなど、うっとりさせられます。初めて訪れた娘もとても感激していました。

私のお目当ては、こちら。大好きなルーシー・リーの展覧会が始まったばかりでした。



いつ観ても、美しいかたちと質感。凛とした佇まいなのに、芸術然としていない。思わず手に取りたくなる、そんな親しみやすい雰囲気を放っています。私は娘と美術館に行くと必ず「どれか一つあげると言われたら、どれにする?」と問いかけてしまうのですが、この日、母が全く同じ質問を私にしてきたので思わず笑ってしまいました。血は争えません。

2階の喫茶室でコーヒータイム。展覧会にちなんだケーキをいただきました。「ルーシー・リーの贈り物」と名付けられたこのチョコレートケーキ、彼女が客人をもてなすために焼いていたというオリジナルレシピだとか。




喫茶室から続くテラスからは木津川、宇治川、桂川が合流する、素晴らしい景観が広がっています。



美しい庭園を散策した後、山道を下り、JR山崎駅前にある離宮八幡宮にも立ち寄りました。ここは、エゴマ油発祥の地だそうです。昔は油の製造と販売で栄えていたのだそう。



女三世代の楽しい一日となりました。ところで、娘に「どうして急にばあばの家に行きたくなったの?」と聞いてみたら、実は毎日学校で人間関係にかなり気を遣っているそうで、「現実を忘れられる、ほっとできる場所に行きたかった」のだそう。それが「ばあばの家」だったんだねえ。突然の孫の来訪に、母もとても嬉しかったようです。


昨日は久しぶりに旧友たちとワイン。ただし、立ち飲みです(笑)。

グラスワインとおまかせ前菜3種類でなんと500円!立ち飲みバンザイ☆



フルタイムで働く友人たちと平日の夜に会って優雅に会食というのは、なかなかハードルが高いです。子どもたちが小さい頃は、実家に預けられる夏休みや、夫に見てもらえる週末に会ったりもしていましたが、子どもたちも大きくなった今、新しいフェーズに入ってきたようです。

我が家の中2、高1の子どもたちは、毎日部活で7時すぎにしか帰宅しません。そこで、夕飯だけ準備したら、梅田へGO! 夕方5時からオープンしている立ち飲み屋さんで会社帰りの彼女たちを待ち受け、ワインとおつまみで2時間ほど弾丸トークしたら、さっと解散。帰宅したら、用意した夕食を食べ始めていた子どもたちと、何事もなかったように(笑)、同じ食卓に着き、母親の顔に戻ります。

限られた時間に話した内容は多岐に渡りますが、一番ありがたかったのが、私自身が見つけ損ねている我が子たちの長所を、友人たちが見つけてほめてくれること。巷では「子どもをほめて育てましょう」なんて言葉をよく見かけますが、私自身は自分の子どもを面と向かってほめるということが苦手です。でも、彼女たちは「息子君は小さい頃からここが凄かった」とか「娘ちゃんのその発言は素晴らしいね」などと、どんどんほめてくれるのです☆帰宅して、その言葉をそのまま食卓にいる子どもたちに伝えることで、私の苦手な「ほめること」が簡単に出来てしまう、と言うわけです!しかも、私が心から信頼している友人たちの言葉ですから、子どもたちの胸にも響き方が違うでしょう。

そんな友人たちとの立ち飲みワイン、今後は定例化するつもりです♪

ヴァーニャカウダも美味しかった☆


少し前から、汚れ落ちがイマイチな気がしていた我が家の食器洗い機。どうも、洗浄ノズルがちゃんと回転していないようで、汚れ落ちが悪いだけでなく、投入した洗剤が洗浄終了後も大量に溶け残っている状態に。

すぐに修理に来てもらう、というのも考えましたが、もし取り替えということになったら、結構な出費だし、新しいものをじっくり選ぶ猶予も欲しい。
そんなわけで、何となく手洗いの日々が続いています。

で、これが意外と気持ちいい。
食器洗い機は高温洗浄という一点が気に入っていましたが、その他の面では手洗いの方が時間も早いし、音もうるさくない。仕上がりもコップなど、特にピカピカして気持ちがいい。今は、食器洗い機は水切りかごとして、使用(笑)。洗いあがった器を収めたら、最後に乾燥だけかけています。

そんなわけで、ゴム手袋が欠かせない毎日です。愛用しているゴム手袋はコレ。プリティーネ 樹から生まれた手袋 。鮮やかなグリーンが気に入っています☆

" 。



Profile

Search

Recommend

Mobile

qrcode

Link

Archive

PR

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM